香川県の真ん中に位置する坂出市。
北には瀬戸内海、南には丘陵地帯を擁する風光明媚な街には、海辺にたたずむ美術館があります。緑深い公園に囲まれた美術館は、アートスポットとしてだけでなく、瀬戸内海の眺望を楽しめる場所として”知る人ぞ知る”穴場でもあります。
海辺の美術館「東山魁夷せとうち美術館」
その美術館の名前は「東山魁夷せとうち美術館」。
東山魁夷の祖父が櫃石島(ひついしじま/坂出市)出身である縁から、その島と瀬戸大橋を臨むことのできる沙弥島(しゃみじま)に設立された、こぢんまりとした美術館です。
ちなみに沙弥島は、かつては坂出港の沖合4kmほどに浮かぶ島でしたが、現在は埋め立てにより地続きになったので、陸路でアクセスできるようになっています。
坂出市内からだと、車で20分ほど。隣接する瀬戸大橋記念公園の広い駐車場が無料で利用できます。例えば最も美術館に近い「西駐車場」は300台収容可能。こぢんまりした美術館には充分な規模です。
車がない場合でも、JR坂出駅から(本数は多くないものの)路線バスや乗合タクシーが出ているので安心です。
自然と調和する美しい美術館
建築家・谷口吉生氏のデザインによるこの美術館は、直線を用いたシャープな印象の建物。建物を東西に貫く大きな壁が、エントランス側と瀬戸内側を隔絶する造りになっているのが特徴です。
そんな人工的なアーキテクチャであるにもかかわらず、すんなりと周囲の自然と溶け込んでいるのは、外壁をくすんだ緑色のスレートにすることで有機的な温もりを醸し出し、美術館周辺を取り囲む公園や瀬戸内の風景と調和させるという仕掛けが施されているから。
また、エントランスへ続く長く延びたプロムナードは、東山魁夷の代表作のひとつ「道」がモチーフ。
来館者はこのプロムナードを進むことで、知らず知らずのうちに魁夷の絵の世界に入っていく、というわけです。
エントランスを抜けると、高い天井の1階展示室。その奥の階段を上がると2階展示室、続けてデジタル展示室が東西横長に配置されています。
小さな美術館ながら、1階展示室はまるで水底にいるような静謐さ、2階展示室は落ち着いた暖かさ、と展示室ごとに雰囲気が変わるのも、また素晴らしい点なのです。
人工物と自然が織りなす一幅の絵
そんな展示室を抜けると、一気に視界が開けてまばゆい陽の光とともにガラス張りのラウンジが現れます。
このラウンジこそが”知る人ぞ知る”ビュースポット。
瀬戸内に面した窓の外には、沙弥島から瀬戸大橋、天気の良い日には対岸の水島(岡山県)までがパノラマで広がります。
視界いっぱいの空と海の青と、木々の緑。その中心をライトグレーの瀬戸大橋が貫く景色の美しさは、ため息が漏れるほど。
ちなみに瀬戸大橋のライトグレーの色は、「瀬戸内の自然と調和する色を」と魁夷が提案したものなんだそう。
ラウンジの天井高は、エントランスホールや展示室よりも低く抑えられているため、大パノラマでありながら、視線を大きく動かさなくとも全体を見渡すことができる造りになっています。また、東西に長く延びるガラス窓がフレームの役割を果たし、まるで絵画のように瀬戸内の風景を切り取ります。
まるで、自然を鮮やかに、詩情豊かに描いた魁夷の世界の続きを見ているよう。
ラウンジから続くテラスに出ると、より海が身近に。
目の前には沙弥島の入り江が広がり、時折地元の方の船が通りかかったり、海面で魚が跳ねたり。
ここでは、潮風を受けながら、瀬戸内の日常をただぼうっと眺めるのがオススメの過ごし方。
高台にある展望台のように瀬戸内の島々を見渡すことはできませんが、海面により近い、低い視点から眺めることによって、風景が迫ってくるような、そんな自然の力を近くに感じることができます。
アートも楽しめる併設カフェがオススメ
このラウンジにはカフェが併設されていて、大パノラマを堪能しながらティータイムを楽しむこともできます。
地元の菓子店が運営していることもあって、ケーキやビスコッティなどのほかに、坂出市や瀬戸内にちなんだスイーツも取り揃えています。かつて沿岸一帯が塩田だったことから、塩を使ったスイーツも。
提供される際に使用されるカップやソーサー、プレートなどの陶器は、魁夷が北欧を3ヶ月かけてスケッチ旅行で巡ったリトグラフ画集『北欧紀行 古き町にて』の絵を散りばめた、この美術館オリジナルアイテムであることも注目すべきポイントです。
「これが日本画の巨匠と呼ばれた東山魁夷の絵?」と驚いてしまうほど、愛らしくもポップな絵とともにティータイムを過ごしてくださいね。
このラウンジにはエントランスホールから直接入れるので、カフェだけの利用も可能。だから、いつでもお気に入りのカフェに行くような感覚で、瀬戸内の風景を堪能しに来ることができます。
とはいえ、立地や建物すべてがアートとも言えるこの美術館。やはり、展示室に入って鑑賞してからカフェに行くのをオススメします。
プロムナードのモチーフとなった「道」に関して魁夷が
遍歴の果てでもあり、また新しく始まる道でもあり、絶望と希望を織りまぜてはるかに続く一筋の道であった
出典:東山魁夷(1999)『東山魁夷画文集 私の風景』求龍堂
と語ったように、少し薄暗い静謐な1階展示室から柔らかな光を感じる2階展示室へ、そして瀬戸内の太陽が射し込むラウンジへ、魁夷の描いた自然の中を通り抜けて、遍歴の果てにたどり着いて欲しい。そんな気分になる場所なのです。
おわりに
「一見なにもないような街に、実は素敵な場所が隠れている」というのは、街歩きの醍醐味です。
今回紹介した「東山魁夷せとうち美術館」は、まさにそれ。近年では瀬戸内国際芸術祭に来香した人を中心に知名度も上がってきたようですが、まだまだ”知る人ぞ知る”穴場的存在です。おかげで静かにアート鑑賞できるのも好ポイント。
静謐だけど色鮮やかな魁夷の絵画を鑑賞して、そのあとは瀬戸内の多島美の風景に癒やされる。そんな多彩な楽しみ方ができる素敵な美術館に、ぜひ訪れてみてくださいね!
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